有限会社 日乃出本店
つややかな薄紫色の小さい饅頭が串に5つ。なめらかな口どけで、上品な甘さの餡にほのかなミルクの風味漂う[ぶどう饅頭]は、誰もが知る徳島を代表する銘菓だ。
1914年(大正3年)、現在の美馬市穴吹町で小さな菓子店として産声をあげた『日乃出本店』は、この銘菓とともに112年の歩みを歴史に印してきた。
武道信仰でも有名な霊峰「剣山」の玄関口であった穴吹町。初代の西川芳太郎氏は参拝客に何か良い土産はないかと思案し、“武道”にちなんだ名前で“葡萄”の形をした和菓子を生みだした。当時、森永製菓初代社長の森永太一郎氏と運命的な出会いを果たし交流するなかで、大ヒット商品だった[森永キャラメル]から着想を得て餡にミルクを練り込むことに。その画期的でハイカラな味は、発売当初から熱狂的な支持を集めたという。
清流・穴吹川と吉野川に近接した現在のJR穴吹駅前に店舗を構えた。

阿波名物の[ぶどう饅頭]。定番の味に加え、春いちごや抹茶、鳴門金時などの季節商品もラインナップ。
初代の旺盛なアイディアと型破りな行動力は、数々の逸話を今に残す。箱や袋入りのぶどう饅頭に入っている“壱億円札(幸運券)”もその一つ。「お客様にお菓子の美味しさだけではなく喜びと笑顔を届けたい」という想いから生まれたこの券は、令和の今も財布に入れていると金運が上がる縁起物として親しまれている。

お札を模した幸運券には初代・西川芳太郎氏の肖像が。財布に入れて持ち歩いたことがある人も多いのでは。
また当時の宣伝方法も画期的で、地方TV局が開局するとすぐにCMを放送。「躍進、躍進、また躍進。海越えてほめられにゆけ、ぶどう饅頭」というキャッチフレーズは、ある年齢から上の世代にはあまりにも有名だ。
さらにセスナ機で上空からチラシを撒いて、記された「ぶどうまんぢう」の一文字ずつを全て集めるとぶどう饅頭1箱プレゼントという型破りな宣伝を行い、こちらも県民に強烈な印象を与えたそうだ。
海越えてほめられにゆけ
独自の商いで広く県民に愛されてきた和洋菓子店は、さらなる進化を目指して新たな取り組みも行なっている。2025年には旧店舗の向かい側に平屋造りの新店舗がオープン。店内にはぶどう饅頭のほか、季節ごとに登場する桜餅やわらび餅・ぼた餅などの生菓子、ほこほこ、おどる饅頭などの焼き菓子がずらりと並ぶ。
また店舗のすぐそばにある工場では、最新設備を備えた衛生的な環境下で100種類以上の和洋菓子を製造。菓子作りから自社店舗での販売まで、一気通貫して行うことが強みだ。


新設された木のぬくもり漂う販売店舗。看板商品のぶどう饅頭をデザインした暖簾が印象的だ。

工場では、1日約1万3000本のぶどう饅頭が作られている。
「地域に根ざして地元の方々が支えてくれたから今がある」と話すのは、店長の古賀 祐子さん。地域と深く関わっていくことで貢献できればと、過去には地元高校とコラボレーションして地域の特産品を使ったスイーツの開発なども行なってきた。
「おばあちゃんがお孫さんの手を引いて買いに来てくれたり、徳島を離れた若い方が帰省の際に懐かしいと立ち寄ってくれたりして、世代を超えて愛されているんだと実感しています。長い歴史を1年、2年とまた重ねていくために、変わらないものはこれまでどおり引き継ぎつつ、新商品の開発など新しい試みも続けていきたい」。

古賀さん曰く「和三盆とフランス産チーズを合わせた[チーズケーキ]などの新商品も意欲的に開発している」そうだ。
「海越えてほめられにゆけ」。初代が願いを込めたそのフレーズは着実に受け継がれ、今や現実のものとなり、なお言霊としてさらなる躍進を後押ししている。